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装具治療とは?

前項でお話したように、側弯症の方の多くは、ほとんど進行せず、特別な治療を必要しません。

 

しかし、③のように側弯症が進行してしまう方に対しては、進行を遅らせ、成長期を終える段階のコブ角を40~50°以下に留められるよう、装具治療が適応になります(図5)。

実際の診療において、「進行を遅らす」という事象は「治す」とは異なるため、治療効果を実感することしづらく、側弯症が進行していなかったとしても、それが装具治療の効果であったのか、自然経過であったのか、判断しにくいことが多いです (図9)。

 

このため昔は、「装具治療は本当に意味がある治療法であるのか」、その効果に疑問を感じる方も多かった時代がありました。

 

しかし、多くの質の高い臨床研究により、「装具治療は進行抑制に有用である」という結果が得られたことで、その有用性は疑いようのないものになりました(中でも、2013年に報告された研究のインパクトが大きく、この後、大きく認識が変わりました [N Engl J Med 2013; 369: 1512-21])(図10)。

 

一方で「進行抑制だけでなく、改善効果もあるのか」という疑問については、2017年末時点において回答は得られていません。

 

もちろん、「矯正・改善効果もある」といった結論を示すような、個々の患者さんの報告や少数例の研究は散見されます。

 

しかし、その効果が多くの方にとっても有用であるのかは、質の高い臨床研究によって示されていないため、現時点で結論付けるのは困難と思われます。

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臨床研究とは?

前述の通り、装具治療の効果は実感しにくいことが多いため、「装具治療が進行抑制に効果があるか否か」は議論が続けられてた時代もありました。

 

そこでその効果を明らかにするため、臨床研究が実施されてきました。

 

「装具が進行抑制に効果がある」と説明するためには、多くの患者さんを集めた後、「装具治療を行う患者さん集団①」と「装具治療を行わない患者さん集団②」に分け、ある一定期間観察した後、進行した患者さんの割合を比較する必要があります (図11)。

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病気の進行スピードは、患者さん個々で異なります。

 

このため、装具治療を行った患者さん集団①の中には病気の進行が早く治療効果が不十分だった人(Aさんとします)もいれば、装具治療を行わなかった患者さん②の中には病気の進行自体がゆっくりで、何もせずとも進行しなかった人(Bさんとします)も含まれてきます (図12)。

対象となる装具治療の効果があったとしても、個々の症例にフォーカスしてしまうと、誤った結論が導きだされてしまう可能性が高くなってしまいます。

 

例えば、Aさんとすれば「治療効果はない」と考えるわけですから、Aさんをフォーカスしてしまうと、「実際には効果があるといわれる治療を効果がない」と結論づけてしまう確率が上昇します。

 

一方、Bさん個人をフォーカスすると「行わなくても問題ない」と結論付けられてしまいます (図12)。

 

この場合、本当は治療効果がある治療を「効果がない」と結論付けられてしまう確率が上がってしまうわけです。

 

すなわち、その治療が有効であるのか否かを判断する際には、個々の症例にフォーカスするのではなく、集団①と②のどちらが進行した患者さんの割合が少なかったか、という事実を比較する必要があるわけです (図11)。

臨床研究の結果を理解するときに必要な事

その治療が有効であるか否かは、集団同士の比較である臨床研究の結果によって判断されます。

 

しかし、いくつもの臨床研究が実施されていくと、「この治療は有効である」という結果と「この治療は有効でない」という結果が出てきます。この場合、その治療が本当に有用であるか否か、専門医の間でも意見が異なるといった事象が生まれます。

 

このような場合、第一にその研究がいつ報告されたのかを確認する必要があります。何十年も前に報告された研究であれば、その間に大きく医学や解析手法も進歩していることから、当然その結論に対しては疑問を持つ必要が出てきます。

 

次に、研究方法の内容、研究の質を確認します。例えば、対象となる患者さんが研究に参加していただく際に、治療介入を行う集団①と治療介入を行わない集団②のどちらの群に入って頂くかを誰が決めているかという情報を確認します。

 

質の高い研究では、その決定を完全な第三者が(乱数表やクジなどを用いて)、行います(無作為化・無作為割付といいます)。一方、患者さんの診療に携わる方がその決定をしている場合、研究の質は低くなってしまいます。

 

仮に、主治医の先生が患者さんを装具治療実施群①と行わない群②のどちらに入るか選べたとします。

 

この場合、その先生が「装具治療は有効である」と考えていれば、進行がゆっくりそうだなと予測する方を装具治療群①に、装具治療を行わない集団②には進行が早そうだなと予測する患者さんを割り付けることが可能になってしまいます (図13)。

 

これとは逆に、「装具治療は意味がない」と言いたい場合には、集団①に進行が早そうと予想される患者さんを、集団②に進行が緩徐と予想される患者さんを入れる事が可能になるわけです。

 

一人一人の先生にその気はなくても、無意識的にそのような事を行ってしまうというのが分かっています(バイアスといいます)。

 

よって、このような状況下では、せっかく時間やお金をかけて臨床研究を行っても、本当の治療効果が分からなくなってしまう確率が上がってしまいます。よって、対象がどのように割付けられたのか、方法の確認が重要になるのです。

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装具治療の臨床研究

側弯症に対する装具治療の有効性は、「装具治療を行った患者さん集団①」と「行わなかった集団②」を比べた際、集団①の方が、コブ角が進行した患者さんの割合が少なかったという研究結果が多数報告され、その効果が期待されるようになりました (Eur J Phys Rehabil Med. 2014; 50(5): 479-87; J Pediatr Orthop 2014; 34(6): 603-6; J Bone Joint Surg Am. 1995; 77 (6): 815-22)。

さらに、2013年に242人の思春期側弯症患者さんを対象とした質の高い臨床研究が報告されたことで、「装具治療は進行抑制に有用である」という見解が統一されました (N Engl J Med 2013; 369: 1512-21)。

 

この試験は、先程お話したような臨床研究で大事な点(大規模、無作為化、前向き試験、長期の効果見ている、等)を全て含んだ良質なデザインの試験であったためです。

装具治療で大事な事は何でしょうか?

装具治療を行う上で重要な事は、「一定以上の時間、装具を装着すること」です。

 

これは、先程の242人の側弯症患者さんを対象とした大規模な研究で、装具治療された患者さん集団①の患者さんを装着時間が0~6時間(①―A)、6~12.9時間(①―B)、12.9~17.6時間(①―C)、17.7時間以上(①―D)の4群に分け、進行した人の割合を算出した場合、0~6時間の装具治療集団①―Aは、装着しなかった患者さんの集団②と変わらなかったのに対し、12.9時間以上の集団(①―Cと①―D)は顕著に進行抑制効果が見られていたためです (図14)。

 

患者さんにとってみると、装具治療は効果を実感することが難しく、一日装着する事が難しかったり、どこかが当たって痛かったりと、先生に言いづらい事はあるかもしれません。

 

しかし、先生が「最低でも半日以上」というようなお話をするのは、このような臨床研究の結果があるためです。

 

昔は、一つの装具をつらいのを我慢して使用する、という時代もありましたが最近では、装着しやすさが追求され、自身の生活スタイルに合わせた装具が開発されてきています。

 

しかし、装具治療に伴う皮膚のトラブルや日常生活でのストレス、等問題は多くありますので、そのような細かい点を相談できるような先生を選択されることも大事です。

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装具にはどのような種類がありますか?

装具の歴史は古く、半世紀以上前にミルウオーキー型装具が開発されました。

 

この装具は、体幹を腰周囲のガードルで固定し、そこから顎に向かって身体の前に1本、後ろに2本、金属棒を伸ばし、首の周りで固定される構造になっていました (図15)。

 

見た目の問題や装着のしづらさから、使用し続けてもらうことは難しいという問題がありました。

 

その後、胸椎の下の部分にカーブがある患者さんを対象に、金属を外したアンダーアーム型の装具が開発されました。

 

アンダーアーム型装具は、開発された都市や病院施設の名称で呼ばれる事が多く、ボストン型 (図15)、チャールストーン型、OMC型など様々な種類の装具が開発されました。

 

ボストン型装具は、数多い装具の中でも代表的であり、プラスティックのみで作成されているため、それまでの装具と比較して軽く、装着していても目立ちにくいという利点がありました。

 

その有用性は、臨床研究でも報告されたことで今では一般的な装具となっています(Spine 1986; 11(8): 792-801)。

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最新の装具はどのようなものがありますか?

現在、日本で普及している「ボストン型」をはじめとする多くの装具も、1)体幹の周囲にまいた後、固定される部位が身体の前ないし後ろの一方であるため、成長や側彎の状態に合わせた細かい調整が難しい、2)ミルウオーキー型装具よりはよいかもしれないが、それでもなお重く、見た目の問題がある、等の課題がありました。

一方、最近は、個々の患者さんの側彎や成長の状態に合わせて細かい調整が可能な装具が開発されてきています(Prosthet Orthot Int 2005; 29(1): 105-11)。

軽症の患者さんに対して装具治療は有効でしょうか?

前述の「装具治療の有効性」を示した臨床試験は、コブ角が25~40°の10~15歳の患者さんを対象としたものでした。

 

このため、コブ角が25°以下の軽症の患者さんに対して装具治療を行うべきか否かはわかっていません。

 

2017年までに、このような軽症の患者さんに対する就寝時のみの装具治療が有効であるといった研究が報告されていますが、一つの施設で行われた経験症例のまとめであるため、その結論を導くには時期早々です(Orthop Traumatol Surg Res 2017; 103(2): 275-8)。

 

また、前項でお話しした質の高い臨床研究では「6時間以下の装具治療は、行わない患者さんの集団と進行した患者さんの割合が変わらない」という結果が出ていますので(N Engl J Med 2013; 369: 1512-21)、「軽症の患者さんに対して一律に装具治療をすすめる」という根拠は乏しいと考えられます。

 

自然経過の項でお話ししたように、19度未満の患者さんでは進行する確率が10~12歳で25%、13~15歳で10%、16歳で0%とほとんどの方は進行しないという結果が得られています(Lancet 2008; 371: 1527-37)。

 

よって、軽症の方に治療介入を行うと、10~12歳の方は4人に3人が、13~15人では10人中9人が本来行わなくてよい治療を受けなければならないとなってしまいます。

 

これは、医療経済的にも患者さんの負担を考えても、望ましいことではありません。このため現時点では、「経過観察」していく中で、③のような経過と予測された症例に対して早期に介入する、という手法が最善になっています。

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