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手術療法に対する臨床試験

装具療法の項で、「治療の有効性」は、あくまで臨床研究(試験)によって証明されるものであり、「治療した集団A」と「治療されなかった集団B」を比較して、どちらの方が恩恵を受けた患者さんの割合が多かったのか証明する事が重要というお話をしました。

このような背景から、「手術療法の有効性」を示すためには「手術を受けた集団A」と「手術を受けなかった集団B」を無作為に割り付け(対象者がどちらの群に入るか予想できないようにする)、両群を比較し、「手術を受けた集団A」の方が「手術を受けなかった集団B」よりも、恩恵を受けた患者さんの割合が多かったデータを示す必要があります。

しかし実際、手術療法では装具治療や運動療法のように、「治療を受けた群」と「治療を受けなかった集団」を無作為化して割付し、比較した臨床研究はありません。それにもかかわらず、なぜ先生方は「手術療法」は効果が確立された治療であるとおっしゃるのでしょうか?

手術療法に対する効果の検証方法

「手術療法」の臨床研究を行うにあたり、「治療を受けた群」と「治療を受けなかった群」に割り付け比較することのできない理由は、「手術療法」は最後の手段であり、その適応となるのは、既にコブ角が40~50°を超えている進行された患者さんであるためです。

このように進行された患者さんは、成長期を終えた以降も緩徐に進行することが明らかになっています。

 

さらに、側弯症が進行すると、背部痛(腰痛)や自己イメージの悪化(自分に対する自信が低下)、肺活量(息を吸ったり吐いたりする力)が低下し、運動時の息切れ、等の症状が出現しやすくなることが報告されています(JAMA 2003; 289: 559-67, Spine 1999; 2; 2592–600)。

また、側弯症が極度に進行した状態で手術を行った場合には (70~90°以上)、術後の合併症が生じやすくなってしまうことも報告されています(Spine 2014; 39: 1471-8, Spine. 2008; 33: 519-26)。

 

このため、手術適応と判断された患者さんが、仮に臨床試験で「手術をしない集団B」に割り付けられてしまうと、臨床研究に参加したがために(手術をしないがために)、前述のような症状や合併症をもたらしてしまう可能性が出てきます。

 

そのような事は、倫理的に問題となるため、手術の有無によって分けることができないのです。

手術療法の有効性

前述のような背景から、手術療法の有効性を検証するにあたっては、「手術が必要と判断されたが、手術を拒否された患者さんの集団B」と「手術を受けられた患者さんの集団A」を比較することが一般的です。

1995年に報告された研究によると、手術の一定期間後(平均5年間)における背部痛を有する患者さんの頻度は、「手術を受けられた集団A」で35%であったのに対し、「手術を受けられなかった集団B」では70%と有意に減少していることが報告されました(年齢を合わせた健常者では7%)。

 

また、「自分に自信が持てない(自己イメージが悪い)」と回答された患者さんの割合が、「非手術群B」で80%であったのに対し、手術によって(手術群Aでは)、50%以上の患者さんが自己イメージの改善を実感されていたことが報告されています(J Bone Joint Surg 1995; 77: 513-23)。

手術前後での肺活量の推移を検討した研究では、側弯症患者さんの肺活量が、術後に改善されることが確認されています(Spine 2000; 25:82-90, Spine 2013; 38: 1920-6)。

長期間経過後(術後21~41年)の検討では、背部痛を有する患者さんの割合は年齢を合わせた健常者と差がなく、治療に伴う晩期的な有害事象(長期間経過した後に出現する副作用の事)も見られなかった事が報告されています(Spine 2012; 37: 402-5)。

 

装具治療でお話した質の高い臨床研究を行うことが難しい中、このような研究結果が少しずつ積み重なっていくことで、側弯症に対する手術の有効性が確立されてきました。

手術療法による恩恵と課題

これらの報告から、側弯症に対する手術療法の恩恵は何か?を考えた場合に、①機能の改善(=料理や掃除など「日常生活で困る」と感じることの頻度を減らすことができる)、②症状の改善と維持(=背部痛や労作時息切れ)、③見た目(自分のイメージ)の改善という三つの項目があげられます(J Bone Joint Surg 1995; 77: 513-23)。

一方で、前述のような、「手術を受けられた集団A」と「手術を受けられなかった集団B」の比較は、術後の数年間(5年間程度)を比較したものです。

 

①コブ角が40~50°以上になると成長期を過ぎても側弯症が緩徐に進行すること、②手術後によって側弯症に伴う前述の指標が改善すること、は明らかとなっていますが、仮に手術を受けなかった場合(「手術を受けられなかった集団B」の方々において)、成長期終了後数十年経った時点(40~60歳の年齢になった後も)で、機能の障害や症状に悩まされているか否かはデータ(研究結果)がなく、わかっていません。

 

また、仮に手術を受けられ、側弯症が改善したとしても「自己イメージが悪い」と感じられている方の比率は、健常者よりも多いことが報告されています(Spine 2012; 37: 402-5)

今後、これらのデータを蓄積していくことや、「自己イメージ」のさらなる改善といった課題が残されていると考えらえます。

側弯症の手術方法

側弯症の手術方法は、後方矯正固定術(背中から手術する)、前方矯正固定術(お腹側から手術をする)に大別されますが、2017年末では後方矯正固定術という術式が主流となっています。

後方矯正固定術は、背中の正中部分(真ん中)を切開し、最も傾いている椎体から逆向きに最も傾いている椎体の間にかけて、背骨が見えるように背骨の周囲についている筋肉をはがします。

その後、それぞれの背骨の左右にスクリューを2本ずつ挿入し、それらをロッドと呼ばれるチタン合金やコバルトクロム合金のバーで連結することで側弯を矯正します。各椎体の間にある関節(椎間関節)に、局所の骨や人工骨を移植した後、出血をはじめとする合併症がないことを確認して、傷を閉じます。

術後は、痛みに合わせて2~3日目から歩いてもらい、傷が塞がって大丈夫と判断された後に退院となります。一般的な入院期間は、10日~2週間程度です。

側弯症手術にとってもっとも大事なことは、矯正された脊椎がその形で骨癒合することです。自分の骨を移植するのはこのためですが、骨癒合には術後数ヶ月の時間が必要です。

 

よって術後には数ヶ月運動ができなくなります。その後は外来で経過観察しながら、徐々に運動を開始して頂きます。

手術療法の合併症(1)

海外における手術を施行された側弯症患者さん6,334人を対象とした調査では、約5.1%の患者さん(20人に1人位)で、後方矯正固定術後に何らかの合併症が出現していたことが報告されています。

 

その内容を見ると、内訳として、創部の感染が最も多く(1.35%, 75人に1人)、その他に肺炎、胸水貯留などの呼吸器関連合併症(0.96%, 100人に1人)、矯正装具に伴うトラブル(0.64%, 156人に1人)、等があげられました(Spine 2006; 31: 315-9)。

 

神経関連の合併症は、0.32% (312人に1人) で認められ、患者さんやご家族が最も気にされる脊髄損傷(全て不全損傷)の頻度は0.21% (476人に1人) でした。

 

これらの脊髄損傷は、ほとんどの方(78%)は一定期間後に完全に回復されましたが、2例 (4,369例中) の方で後遺症が認められています (0.05%, 2000人に1人)(Spine 2006; 31: 315-9)。

本調査は、約15年前(2001~2003年)に行われたものですが、現在では後遺症を伴う脊髄損傷が起きないよう、手術中に脊髄機能のモニタリングを行うなど(頭から電気信号を送り、足でちゃんと拾えるかを確認しながら手術を行う)、細心の注意が払われるようになってきています。

 

よって当時よりも、神経関連の合併症の頻度は低下していることが想像されます。(それを裏付ける臨床研究の結果はありません。)

手術療法の合併症(2)

前述のように麻痺を伴う神経関連の合併症の頻度は、2001~2003年当時で0.05%であり、脊髄機能モニタリングが行われるようになった現在ではさらに低下している事が期待され、極めて稀な合併症となってきています。

 

他に、手術療法の合併症として最も注意しなければならないのは、①出血と②感染です。

 

出血に対応するため、手術が決定した際には、患者さんには外来に数回来て頂き、自己血を採り、手術に向けて保存しておきます。また、手術中も創部から出た血を集め、きれいにして返す自己血回収を行います。

 

出血に際しては、このような自己血を使用することで、なるべく輸血をしないよう工夫されています。

 

また、感染予防のために適切な抗生物質を投与する他、手術で使用する器具をはじめ丁寧な滅菌を心がけます。このように万全な準備をすることで、少しでも合併症を少なくするよう努力しています。

手術を受けると背中が動かなくなるのでは?とご心配の方へ

手術によって、背骨が固定されると、おじぎができなくなるのではないか?とご心配される方も多くおられます。

手術の適応になるような進行された側弯症の患者さんは、各椎体の間にある関節(椎間関節)が歪んでいることが多く、ほとんどの場合、背骨の前後左右への動きは制限されています。

 

このため、手術によって背骨が固定されても、背骨の動きへの影響は少なく、一般的には術前にできていた動作は術後も同様に実施可能です。

 

しかし、手術によって背骨が固定されると、前後左右への動きは制限されるようになるのは事実です。このため手術後、おじぎをする際の動きは、股関節が主体となり、この部分の柔軟性が大事になります。

手術を受けるにあたって

基本的に手術の適応は、「経過」や「コブ角」で決まってきますので、ある病院で「手術の適応」とされた方が他では「手術は不要」と判断されることは少ないと思います。

 

前述のように、手術症例数の豊富な施設であれば、一定の成績も担保されます。

 

症状がなく、「側弯症」をそれまであまり気にしていない方でも、「手術」という文字が提示された途端に急に慌てられ、大きな不安を抱えられる方も多いと思います。

 

そのような中で、後述する民間療法の情報を目にすると、一度は試したみたいと思われるお気持ちもよくわかります。

手術を受ける施設を選択される際には、ご自身の不安や聞きづらい点を打ち明けることができる先生との出会いも重要になるかと思います。

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