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はじめに

多くの患者さんが「先生に聞きづらい」と感じられておられる運動療法について、どのような情報は科学的に検証されているのか(質の高い臨床研究によって証明されている)、どのような情報は曖昧であるのか、2017年末までに報告されている研究結果をもとにお話します。

患者さんの中には、運動療法に関する質問を先生にされた際に「運動療法は効果がなく、誤った行為(=害)である」といわれ(そのようなニュアンスも含め)否定されてしまった方、傷つかれてしまった方もおられるかと思います。

前項でお話した通り、このような表現をされる先生の中には、患者さんの事を思うがゆえ、運動療法を否定される方もおられます。

 

しかし、強い否定は、患者さんと医療者の間に溝を作ってしまうことも事実です。本項では、そのような表現について、どのような情報は科学的に検証されているのかを解説したいと思います。

科学的情報か感情的表現か。

「運動療法は効果がなく、誤った行為である」といった表現を厳密に考えた場合(そのようなニュアンスを含めて)、「運動療法は効果がない」という科学的な情報と「誤った行為(=害)である」という感情的な表現が含まれていることが分かります。

まず後者の「誤った行為(=害)である」という情報について考えます。「運動療法が誤りである」というためには、「運動療法を行うことで、側弯症が悪化する」という臨床研究の結果があって初めていえることになります。

 

しかし2017年末の時点において、そのような研究結果は報告されていません。

 

それでは時に先生方が、「誤りである」とも表現してしまうのは、なぜでしょうか?

これは、前項でお話したように標準治療以外の治療には、経済的なリスク(運動療法に費用がかかる)や信仰的なリスク(装具や手術などの標準治療を悪としてしまう)が含まれている事が多いためです。

側弯症診療において最も重要な事は、適切な時期に装具や手術を受けて頂くことです。

 

運動療法の実施の有無がそれらに影響しないのであれば、運動療法を強く否定する根拠は乏しく、患者さんが試してみたいという思いを尊重することも重要なのかもしれません。

一方、「適切な時期に装具や手術を受けて頂くこと」が難しくなるのであれば、デメリットがメリットを上回ってしまう可能性も考慮されるので注意が必要です。

運動療法は効果がない?

前項の通り、「運動療法は誤った行為(=害)である」という否定は根拠が乏しい旨をご説明しました。

 

次に、「運動療法は効果がないのか」という情報について考えてみます。

 

先程の例から考えた場合、「運動療法は効果(意味)がない」というのは「運動療法を行った集団と行わなかった集団を比較した場合、側弯症が進行してしまった患者さんの割合が2つの集団の間で変わらなかった」という臨床研究の結果があって初めていえることです。

 

装具治療と同様に、運動療法についても複数の臨床研究がなされ、その有効性を示唆する研究結果が報告されています(Eur Spine J. 2012; 21: 382–9)。

 

しかし、2010年代までに報告された運動療法に関する多くの臨床研究は、無作為化されていない試験(被験者が治療群かそうでない群か選べてしまう)や単施設での報告(「効果がある」と言いたい医療者のみが進めている臨床試験であれば、効果がなくても「効果がある」ような結果を生み出してしまうリスクがある)、といった点から試験自体の質が低いことが問題でした。

 

よって、どんなにそれらの臨床試験で運動療法の有効性が報告されても、質の高い臨床試験(長期間の無作為化前向き試験)で効果が証明されない限り、有効性を科学的に説明することは困難であり、「運動療法は側弯症の進行抑制に寄与しない」と考えられてきました。

 

しかし、2010年以降、思春期側弯症に対する運動療法の有効性を検証した質の高い無作為化(患者さんや目の前の医療者が治療を選べない)された臨床試験が実施され、「進行抑制に寄与する」という研究結果が報告されてきました。

 

今後、報告が蓄積されていくと、これまでのコンセンサス(考え方)が変わっていく可能性を秘めており、実際2018年の米国予防医療専門委員会(U.S. Preventive Services Task Force)の発表では、装具治療と並列に運動療法が記載されています(JAMA. 2018; 319(2): 165-172.)。

最近の運動療法に対する臨床研究

前述の通り、2010年代前半頃までは、「運動療法の有効であった患者さんの一例(症例報告といいます)」や「運動療法を継続された患者さんを集積し、その有効性を検討した研究(観察研究といいます)」、等の報告はされていても、質の高い臨床研究(前向き試験)は、実施されてきませんでした(PLos One 2014; 9(10): e110254)。

しかし2010年以降、運動療法の領域においても無作為化された前向きの臨床研究が行われるようになり、2015年前後よりその可能性が報告されるようになりました。中でも「シュロス法(schroth exercise)」は複数の臨床研究によってその可能性が報告されてきており、今後の普及・発展が期待されると考えられます。

一方、「○○流○○」などの運動療法や民間療法は、その有効性が科学的に証明されていないことがほとんどです。

 

よって、「効果のあった一例」のみが提示され、魅力的と思えるような治療法の多くは、実際には「有効であるか否かは不明」であると同時に「治療によって悪化してしまう可能性(信仰的・経済的リスクを含めて)」も存在していることを考慮する必要があります。

シュロス法について

シュロス法は、ドイツ発症の側彎症に対する保存的な運動療法で、患者さん自身にどのような歪み・曲がりあるのかを認識して頂き(三次元的に分類された側弯症のタイプのうち、どのような種類の側弯症であるのか把握してもらう)、背骨がまっすぐな状態とはどのような状態であるのかを認識していただくようなトレーニングが主体となっています。その内容は、「筋肉を鍛える」等を目的とする体操とは全く異なったものになります。

2016年に報告された臨床研究では、10~18歳の思春期側弯症の患者さん(コブ角:10~45°)50人を従来治療群A(経過観察、装具治療)と従来治療に追加してシュロス法を行う群Bにそれぞれ25例ずつ無作為に割り付け(第三者によってA群かB群に入るかが決定されるという手法)、半年後の背骨の状態について評価されました(PLos One 2016; 11(12): e0168746)。

 

その結果、半年後コブ角が5°以上増悪された方の人数(割合)は従来治療群Aでは10人(40%)であったのに対し、シュロス法追加群Bでは3人(12%)と低い傾向にあり、その他歪みや曲がりに関する詳細な解析でもシュロス法追加群Bの方が良好な結果になっていることが報告されました。

 

治療に伴う副作用は報告されておらず、シュロス法が有効である可能性が示唆されました。

 

一方、本試験は、片方の群が25人と人数が少なく、治療期間も半年間と短いものになっています。

 

これは薬の開発(臨床研究)でいうと、第II相試験という探索的・検証的なステージの試験(多くの患者さんを対象に試験を行う価値があるのか否かを見極める試験)になり、本当の意味で「シュロス法が有効である」と科学的に説明するためには、装具治療の有効性を揺るぎないものにしたような臨床研究のように(N Engl J Med 2013; 369: 1512-21)、より多い人数で数年間の効果を見る必要があります(薬の開発でいうと第III相試験と言います)。

特に運動療法は、時間的な制約やモチベーションが個々で異なるため、第III相試験のようなステージになると、試験を続けられない患者さん(「脱落」といいます)が増えていくことが予想されます。

 

実際、先程の第II相試験においてもシュロス法追加群の25例中4例が時間的な制約により脱落されています。しかし治療そのものの効果を科学的に検証する際には、そのような脱落例(シュロス法追加群に割り付けられたが実際にはシュロス法を行わなかった患者さん)も含めて、結果を計算する必要が出てきます。

 

これは、脱落も治療そのものの影響であるためと考えられるためです。

 

このため、シュロス法をはじめとする運動療法の臨床試験を立案する際には、いかに脱落を少なくして第III相試験を行うかが課題になると考えられます。

シュロス法は理学療法士の監督下に行うことが望ましい

有効性が期待されるシュロス法は、他の小規模な研究により、理学療法士の監督下で行うことが望ましいといった研究結果が報告されています(Clin Rehabil. 2016; 30(2): 181-90)。

 

本研究では、45人の思春期側弯症患者さんを「シュロス法を理学療法士の監督の下に行う群A」、「家庭用プログラムをもとにシュロス法を自宅で行う群B」、「経過観察群C」に分け、効果を検証し「理学療法士の監督下に行った集団A」のみで改善がみられたという結果が報告されています。

しかし前項の試験同様に、参加された症例数が少なく、期間も短いことから、この試験の結果をもって結論付けることは難しいと思われます。

シュロス法は、既存治療への上乗せ効果として

理解することが望ましい

2017年末までの臨床研究に関する報告を参照する限り、「シュロス法単独によって側弯症の進行が抑制される」といったシュロス法単独の効果を示す質の高い臨床研究は報告されていません(症例報告や観察研究が主体になります)。

 

よって、現段階としては、「既存の治療手法(経過観察、装具治療)への上乗せ効果があるかもしれない」という理解が正しいかと思います。

この場合、「副作用がないのであれば、装具治療になる前の軽症のうちからシュロス法を開始すれば装具治療にならないのでは?」というご質問もあるかと思います。

 

この疑問は正しく、③の経過の方の立場になって考えた場合、装具になる前に運動療法を試みたいという考え方を否定する材料はありません。

 

しかし、①「軽症(10°~25°)の側弯症患者さんに対して、シュロス法単独により側弯症の進行が抑制された」という質の高い臨床研究の結果がないこと、②側弯症の多くは①や②の経過であり、特殊な治療を必要としないこと、から、軽症の方に対する有効性は不明であり、仮に全員に対してシュロス法を推奨するとなると、過剰医療を招いてしまいます。このため、そのような結果が質の高い臨床研究で示されていない現時点では「軽症の方は運動療法を」と推奨されるべきものではないかと思います。

前述の臨床研究において、患者さんの主たる中止理由は時間的制約であり安全性に関しては問題がなかったことが、無作為化された試験で示されている以上、③の経過の方が、装具治療になる前、もしくは装具治療を開始した後に運動療法を試みたいという考え方を否定する材料はありません。

 

実際、装具になる以前にシュロス法という選択肢が増えることや、装具治療を行いながらさらにシュロス法を上乗せすることで、さらなる進行抑制に寄与できる可能性はあると考えられます。

そのためにも、まずは一人一人が、今後の経過が①であるのか③であるのかという進行具合の予想をたてることが大事であるため、「経過観察」が重要になります。

民間療法(整体、カイロ、等)に関する臨床研究

これまでお話したように、治療の有効性を話すためには臨床試験が必須です。そして、その臨床試験では、治療の有効性(どれくらい効果があるか)と安全性(その治療は安全に施行可能であるか)が明確化されます。

一方、民間療法について検討した場合、2017年末までに臨床試験で有効性や安全性が証明された治療法(整体やカイロ、等)は報告されていません。

 

よって、「民間療法の有効性や安全性は証明されていない」という表現が正しく、「効果があるかないか」も「安全であるかないか」も分からないのです。

 

「民間療法は効果がある」という意見も「効果がない」という意見もいずれも科学的な根拠は乏しいことになり、「騙されてはいけません!」といった情報にも感情的な側面が含まれている事に気付くことができます。

民間療法に関する情報の提示方法の問題点

では、なぜ「頑張れば側弯症が治る!」という情報と「騙されてはいけません!」という真逆の情報が混在しているのでしょうか。「効果があるかないか」も分からないというのが真実のはずです。

これは、民間療法を推奨する施設において、「本来効果があるかないか証明されていない治療」が「一見するととても効果がある治療」のように(そのように受け取れるような情報のように)提示されていることが一因だと推測されます。

それでは、これらの民間業者は、なぜ「効果があるように錯覚される情報」を提示するのでしょうか?これは、集客(=営利的な目的)のための手段であると予想されます。よって、このような背景からネット上には、魅力的とも思える情報が多数存在しています。

一方、「治療効果があるかないかが分からない治療」を「頑張れば治療効果があるかもしれない」と錯覚されてしまっている患者さんに対して、正しい情報(有効であるか、安全であるかどうかは分からない)を理解していただくためには、それなりの労力を要します。

 

このような場合、通院に伴う経済的なリスク(費用がかかる)や、標準的治療まで否定してしまうリスク(信仰的なリスク)も生じている事が多いです。

このため、目の前の大切な患者さんが錯覚に陥らないでほしいと思う時には、客観的な情報を提示するだけでは太刀打ちできず、やや感情的な表現を使用せざるを得なくなってしまい、「騙されてはいけません」という表現につながってしまうのだと思います。

しかし、これは側弯症に限ったことではなく、癌領域などは特に顕著です。

 

資本主義であるがゆえに、需要がありそうと思える部分に業者が参入すること、営利目的の業者が増えることは必然であり、性善説では語れないのかもしれません。

 

ですので我々は、これら溢れる情報から、その是非について慎重に判断していく必要に迫られます。

溢れる情報から真実か否かをどのように判断していくべきか?

どんなに「進行しない方が多い」、「治すものではないですよ」といっても、「なんとかして治したい」と考えている患者さんや家族にとってみれば、「頑張れば治ります」という情報を目にすれば気になるのは当然だと思います。

 

そのような情報に触れた際には、まず「その治療の有効性」が数値化されているかを確認することが重要です。

本来、「治療」とは、①患者さん全体の何%位の方は有効だけど、何%位の方は効果がない可能性があるという情報、②「治療」に伴う副作用が何%の方で生じるか、③「治療」によって効果がないと判断する時期、等、情報が数字で明確化されている事が一般的です。

 

これは、臨床試験の結果(集団と集団の比較)に基づいたもので、全ての患者さんに有効な治療などありえません。

よって、これらのデータが参考文献を基に文章化されていない場合や、「頑張ることが大事」といった抽象的な表現をとられる場合には注意が必要です。

 

「治療」とは、個人の「頑張り」にかかわらず一定の効果を与える手段である必要があるためです。(この場合、治療効果がなければ、「個人の頑張りが足りなかった」と説明することが可能です。)

民間療法の安全性は証明されていないことがほとんどです

「有効性」については前述の通りですが、多くの民間療法では「安全性」が証明されていないことも問題になります。

 

例えば前述のシュロス法や装具治療でいえば、「何%位の患者は続けられずに脱落してしまい、その原因は~だった」とか、「~%位の症例は装具に伴う皮膚障害が出現した」とお話することが可能です。

 

しかし、多くの民間療法では、臨床試験によって証明されていないゆえに、その安全性についても数値化されていません。

仮に「側弯症が治る」位の強い矯正方法が存在するのであれば、誤って逆の力がかかってしまえば、理論的には側弯症は悪化してしまう可能性もあるわけです。

 

また神経へのダメージもあるかもしれません。これらは、臨床試験によって初めて明らかにされるものです。

 

よって、「何%は~のリスクがある」といった説明がなされない治療は、これらのリスクがあるという事を把握しておく必要があります。

何をしても後悔してしまう

人は、何らかのプラスではない状況に陥った時、「あの時~をしておけばよかったんではないか?」とか「~したら、~にはならなかったのではないか?」と後悔してしまう生き物です。

 

側弯症患者さんも「~したらよかったのではないか」などの思いを持たれるかと思います。

ですから、残念ながら進行してしまった方は「~した方がよかったのではないか」と思い、進行しなかった方は「~がよかったのではないか」と思われ、それを伝えたいと思われるかもしれません。

 

一人一人(個々)はそれぞれで異なり、集団の比較で導かれた臨床試験の結果では語れないという意見は否定する根拠は乏しいですし、標準療法だけが全てではありません。

しかし、標準治療というのは、多くの臨床研究の結果をもとに、それを肯定する人、否定する人が話し合って決めてきた治療法で、最低限は保証されている方法です。

 

ですので、どのような治療を選択するにしても、最低限の治療は否定せず、また仮によい結果にならなかったとしても、自分達や選ばれた治療を責めないで頂きたいと思います。

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